あなたもトンボ博士になれる?ートンボ博士がトンボの不思議にズバリ答えます。

                        文責:田口正男農学博士

*この「トンボ百科」は、横浜市環境保全協議会発行の「かんきょう横浜」から転載しています。

        翅の8の字の動き
        翅の8の字の動き

①トンボの特技、それは飛ぶこと

  Q1.トンボはどのようにして飛ぶのか?

多くの昆虫は飛ぶことが得意だ。動物の世界で圧倒的な種類数を誇るのも、飛べることによると言われている。ミツバチや力など多くの昆虫はブーンという羽音をたて、なんと1秒間に何百回も羽ばたく。胸の背中側の板に翅が付いていて、筋肉はその板を猛烈にふるわせ間接的に翅を動かす(間接飛翔)

でも、 トンボの飛び方は少し違う。4枚の翅に専用の筋肉が付いていて、翅を動かす(直接飛翔)だから、もし片側の翅を痛めてしまつてもそれぞれの筋肉をうまく動かし、うまく飛べるようになる。 トンボの場合、羽ばたく回数は少なく1秒に20回程度。前翅を8の字のように動かし、後翅はその動きを追う。そして水平・旋回・ホバリングなど様々な飛翔を見せる飛びの達人なのだ。


Q2.トンボはどこまで飛ぶか? 

羽ばたき回数が少ないのに、飛翔速度は負けてはいない。オニヤンマなら時速50km以上は出す。あのボルト選手で時速36km+αだから、いかに速いかわかるだろう。標識調査により飛翔距離も判明していて、私が高校生と電話番号を付けての解明でオニヤンマ26.5km、カトリヤンマ6.7km トンボはドコまで飛ぶかフォーラムの調査でシオカラトンボ6km、ショウジョウトンボ4.1km、チョウトンボ・ネキトンボ0.8km田中正さんによるアキアカネ調査で2069km移動という報告がある。ハドソンは「ラ・プラタの博物誌」の中で、パタゴニアの空を大型のトンポが多数移動していく姿を紹介しており、それらの移動距離はもっとすごいものと思われる。


        シオカラトンボ♂
        シオカラトンボ♂

 ②トンボの色、いろいろ

   Q1.トンボは成熟すると色が変わるのはなぜ?

  一般にトンボの体色は、羽化後成熟するまでの期間は雄雌よく似ているのが普通で、性的に成熟すると性差がはっきりしてくる。シオカラトンボも未成熟の時期は雄雌ともに麦わら色だが、成熟すると雄はおなじみの白い粉をまとった姿に変身する。ショウジョウトンボや多くの赤トンボも成熟して赤くなるのは雄だけだ。こうした発色は、トンボの配偶行動(結婚行動)の際の雌雄認識に使われると言われている。  

     ショウジョウトンボ♂
     ショウジョウトンボ♂

  Q2.なぜシオカラトンボは白く、ショウジョウトンボは赤くなる

 二橋亮さんはシオカラトンボの雄が白くなることに着目し、その理由を調べた。するとそれは腹部の表面をある種のワックスが被うことによることがわかった。しかも有害な紫外線を著しく反射させるのだった。一方、彼はショウジョウトンボ雄の真っ赤な発色も調べ、それが強力な抗酸化色素の蓄積であることもつきとめた。両種はそれぞれ物理的、化学的に有害な紫外線対策をしているらしいのだ。どちらの種も、真夏の炎天下、雄は日光を全身に浴びながら水辺でなわばりを張っている。温暖化でますます酷暑となっており、 トンボがさらされる日差しも強いものがある。

トンボはドコまで飛ぶかフォーラムの調査によれば、近年、京浜臨海部でショウジョウトンボの捕獲数がシオカラトンボのそれをしのぐようになったが、ひょっとするとこの紫外線対策の違いが影響しているのかもしれない。 

③なぜ、トンボは大切か

Q1.トンボはどうして環境を守るのか?

 都市の学校や公園、あるいは京浜地区の事業所でも多くのトンボ池が設置されている。いろいろいる昆虫の中で、なぜトンボが注目されるのか。これはよく理解しておかなければならない。しばしば単にかわいいとか、奇麗だとかいうだけで人気のある生き物だけが保護されるという傾向が見受けられるからだ。

 トンボは人々の郷愁をさそい親しみのある昆虫であることは間違いないし、それは都市自然再生を考えるうえで大切な要素の1つだ。また、環境の変化に敏感で、人々の環境努力にすぐに反応して出現してくれるため、市民活動としてやりがいを得やすい。また、幼虫期は水域を、成虫期は草原や森林などの陸域を生活の場としているため、複合的な生態系の環境指標生物となりうることが期待できる。種によって微妙に環境選択が異なることも生物多様性と関係して重要だし、生涯を通じて他の生物との関係が濃密であることにより、特定の種にしぼった保護活動であっても多くの生物全体の保全につながると考えられている。

  

Q2.多様性って言うけど、何種類いるの?

 トンボの種類数は、世界で約5000日本でも少なく見積もって200だ。同じ島国でも、イギリスでは40種前後であることから、いかに我が国のトンボ相が豊かであるかがわかる。これは南北に細長い日本列島のため、氷河期の大きな影響を免れたことによるとされている。私たちの調査では、京浜地区だけで20種+αも見られる。最近の互井賢二さんの報告では、隣県の千葉で49種が報告されている。これらの種のネットワークの力が及んでいれば、横浜の都市や都市周辺でも環境の保全・回復により、さらに多くのトンボ種の出現や生息が望めるだろう。

       ギンヤンマの連結(左♀、右♂)
       ギンヤンマの連結(左♀、右♂)

④トンボの結婚

Q1.トンボの連結とは何か?

トンボらしい行動の一つに連結がある。このスタイルは通常、「タンデム」と二人こぎ用の自転車と同じ名で呼ばれる。必ず前の個体が雄で、その雄が尻先の把握器でメスの首元を挟み、連結態が形成されている。交尾は連結態となって後、雌の腹部が下から前に曲げられて全体がハート形となり完成する。交尾を終えると、種類によってははじめの連結態に戻ったまま分離せず、その姿で産卵へ移行する。これがしばしばトンボで目にする連結産卵だ。雄と雌の共同作業だと思われがちだが、瀕死の雌との連結産卵が観察されたり、常に雄の体温が雌より高いことから、雄主動で行われていると考えられている。

 

 

Q2.トンボはなぜ連結して産卵するか?

一般に昆虫では、交尾後、精子は雌の体内に移りしばらく生き続け、卵の産下の際にはじめて受精に使われる。つまり、雄にとって交尾イコール受精ではないのである。しかも、一度交尾した雌に後から別の雄が交尾すると、前の雄の精子が掻き出されてしまうことがわかった。つまり、後から交尾した雄の精子が受精することになる。雄は交尾さえすれば相手の雌が自分の子を産んでくれるというわけにはいかないのだ。だから、雄は自身の精子の受精を確実なものとするために、交尾後、その雌が産卵するまで他の雄からガードしなければならない。これが多くのトンボで雄がなわばりを張ったりする理由で、その究極の姿が連結産卵なのだ。

 

  アキアカネの打空産卵:空中から卵を産み落とす
  アキアカネの打空産卵:空中から卵を産み落とす

⑤トンボの赤ちゃん誕生

Qどのように卵を産むの?

トンボはいろいろなところへ卵を産む。ハグロトンボ流れの中の藻などの組織内へ産み込む。よく似たカワトンボ濡れた水苔や朽ち木などへだ。一方、アキアカネは主に連結して飛びながら水面に尻先を打ち付けるようにして湿った卵を産み落とす。でもナツアカネはというと、水のひいた稲田の穂上からぱらぱらと乾いた球形の卵をばらまき、しかも落ちると弾む。

 多くのトンボは水面に集まり産卵することが多いが、これは空を飛んでいて水面のきらきらした反射光に反応してやってくるらしい。その証拠に、車のつやのあるボンネットやフロントガラス上に誤って卵を産む姿がしばしば観察される。最近ではソーラー発電のパネル上に卵が産み付けられ、大規模な施設ではトンボの生殖にも影響があるのではと心配する声もある。

Q2.丈夫な殻をどうやって破り生まれるか?

産み落とされた卵は1週間から10日ぐらいで発生を遂げ、目の位置がわかる眼点ができる。この時、ヤゴは卵の中で薄い皮をかぶった「前幼虫」と呼ばれる姿でいる。その頭部には卵歯という出っ張りを持ち、これで卵の丈夫な皮を破って孵化する。こうして外へ出ると、まとっていた薄皮を脱ぎ捨て一齢幼虫となる。まだ小さいので、はじめはミジンコなどを捕食し、成長につれてボウフラやオタマジャクシなどを捕らえるようになる。

 

Q3.脱皮は何回するのか?

ヤゴも成虫になるまで、一般の昆虫と同じく脱皮をしなければならない。その回数はハラビロトンボで1011、ギンヤンマで1213。種類によって8~15回ぐらいの幅があり、一般昆虫は3~5回程度なので、トンボの回数は多いと言える。

 

⑥ トンボ大空に旅立つ

Q1.ヤゴの羽化の前兆は?

プールのヤゴ救出作戦など、捕獲したヤゴを羽化まで育てる機会があろう。そんな時しばしば質問されるのが羽化の前兆だ。ヤゴは羽化が近づくと眼の輝きを増す。水面に顔を出すようになるし、エラ呼吸をやめ、胸のわきの小さな穴(気門)から直接空気を取り込み、呼吸をするようにもなる。だからこの時期、水槽内の飼育なら割り箸をたてるなどし、水上に出られる足場を確保しておかないと溺れてしまう。

 

JFEトンボみちで採れたショウジョウトンボのヤゴとその脱皮殻
JFEトンボみちで採れたショウジョウトンボのヤゴとその脱皮殻

Q2.羽化はいつ、どのように行われるか?

一般にトンボの羽化は、多くは夜間、あるいは早朝に行われる。鳥などの天敵が活動を始める前に羽化を完了して、水辺を離れるためだ。ヤゴは陸上へ出るとしっかりととまることができる場所を見つけて、さらに腹部を振り回す。周囲に葉や枝などがあって、せっかく伸ばした翅が引っ掛かったりすることのないように確認するのだ。これがすむと、いよいよ羽化を開始する。

 まず胸の背中が割れ、腹部の先を殻の中に残して反り返った形になる。この状態で、一旦休むのだが、まずは脚を自由にして固めるためだ。こうして脚がしっかりして使えるようになると抜け殻につかまって体を起こし、残りの腹先を殻から抜き取る。同時に、ヤゴの体内では翅全体へ翅脈を通して体液が送られ、小さくたたまれていた翅が伸ばされる。ずんぐり短かった腹部も、空気を吸い込むことで細長く伸びスリムになっていく。最後に尻先からおしっこのように液体がこぼれ落ちる。翅を伸ばすのに使った体液だ。あとは翅が固まるのを待ち、大空へ飛び立っていく。

 

ヒトがトンボから学んだこと

Q1.宇宙船のソーラーパネルをどう伸ばすか?

宇宙船のような限られた空間での動力源には太陽光発電が用いられている。宇宙船1つでもそのエネルギー量を賄うには長大なソーラーパネルが必要で、これをコンパクトにたたんで宇宙へ運び、広げなければならない。そこで注目されたのが、羽化時のトンボが翅を広げる仕組みであった。ヤゴ時に小さくたたまれていた翅は、網目状の翅脈に体液を通すことで広げられる。そこで翅脈の代わりにチューブを取り付けた発電パネルをロール状にたたみ、宇宙でガスをそのチューブに注入・伸張させ、この問題を解決した。さらに、一度広げたパネルをたたみ回収できれば、再利用にもつながる。でも、トンボは伸ばした翅をたたまない。目下、次のヒントとして翼をたたむコウモリが注目されているという。

 

JFEトンボみちで捕らえた若いショウジョウトンボ。翅の凹凸がわかる。
JFEトンボみちで捕らえた若いショウジョウトンボ。翅の凹凸がわかる。

Q2.微風で動くプロペラはつくれるのか?

トンボは低速でも飛ぶことができる。その翅の仕組みを解明したところ、一見平面に見える翅に微妙な折れ曲がりがあり、そこに生じた空気の渦がベアリングのように働き気流を整えることがわかった。風力発電のプロペラにトンボの翅のような凹凸を施せば、わずかな風でも回転を起こせることになる。また、逆手にとって扇風機のプロペラに応用し、その動きを静音化することも可能だ。生き物から学ぶことは多い。

 

(「トンボ百科」は今回で終了となります。続編の「続・トンボ百科」をどうぞお楽しみに!)